第45回毎日農業記録賞《高校生部門》優秀賞・中央審査委員長賞


養豚にかける私の夢

石川 莉凪さん=神奈川県立中央農業高3年

 私の父は10代の頃から精肉店で働いています。幼い頃、父の働く職場に遊びに行ったとき、私は衝撃を受けました。冷凍庫の中には自分よりも大きく、数日前まで生きていたはずの豚が、肉の塊となって吊るされていたのです。その枝肉を流れるような手つきで次々と捌いていき、枝肉は部位ごとに切り分けられ、あっという間にスーパーで売られているパックになってしまいました。父は作業の中でどの部位がどこにあってどのような味、特徴があるのか、豚が生まれて目の前にある肉になるまで半年しか時間を要さないことや畜産という産業について教えてくれたのでした。当時小学生にもなっていない私にとって枝肉の姿や父の話はとても刺激が強く、今でも鮮明に覚えています。それまで抱いていた、将来動物園の飼育員やパン屋さんになりたいという夢が、その日の内に肉を捌く側からも食べてもらう側からも驚かれるような美味しい豚肉を作ることへと変わってしまったのです。

 その夢は中学生になっても変わらず、私は神奈川県内で畜産を学ぶことができる2つの農業高校の内、特に畜産の活動に力を入れている中央農業高校に入学しました。科は園芸科学科、農業総合科、畜産科学科の3つに分かれており、部活は酪農部や養鶏部、普通校にもある吹奏楽部や野球部など多種多様で魅力的な部活が沢山ありましたが、私は迷うことなく養豚部に入部しました。授業や実習では知識を、養豚部では技術を私は一心に学び吸収しました。やること全ての事が普段の生活とは切り離されたもので、時には失敗もしましたが、自分の手からおいしそうに餌を食べ、ぐっすり眠っている豚たちを見ていると日々の疲れを忘れることができ、豚舎にいるときは私にとってかけがえのない楽しい時間でした。

 そんな日々を過ごしている内ある晴れた朝、一台の大きなトラックが豚舎の前にやってきました。私にとって初めての出荷の日を迎えたのです。出荷のため餌を抜かれた豚たちが空腹を訴え鳴いている中、私は豚を普段の体重測定管理のときと同じようにトラックの中へ誘導しました。人に慣れている豚たちは何の疑いもなく自らの足で乗り込んで行きます。しかし、最後の一頭になったとき何かを感じ取ったのか急に暴れ鳴き叫び、豚房の中に戻ろうとしたのです。こうなってしまうと100㎏を超える体は動かなくなってしまいました。私の力だけではどうにもならず先生や先輩の手を借りようやくトラックに積み込んだときには豚も私も息が切れ、疲れ果ててしまっていました。そんなことはお構いなしに豚を積んだトラックはすぐに行ってしまい、私はしばらくトラックが走っていった方を見つめ、エンジン音と豚の鳴き声が聞こえなくなった後、豚舎に戻り空になった豚房を見て少し心が痛み、寂しい気持ちがこみ上げて来ました。この先何度も見ていくことになる光景を実際に目で見て、体験してそれでも私は「美味しい豚肉を作りたい」という気持ちが揺らぐことはなく、これから進むべき道への覚悟が固まった気がしました。

 この時出荷された豚たちは本校で行われる生産物販売会で販売され、私自身も販売する側として参加しました。販売終了後、この豚肉を父にも食べて欲しいと思い購入し、食べてもらったのです。毎日のように愛情を注ぎ育てた豚が美味しくないわけがないと、そう思っていました。「まあ、いいんじゃないかな。」父は豚肉を口に入れるとそっと、そう呟きました。期待とは違う反応に私は戸惑い、一体何がいけないのかを問いました。するとこの豚肉は脂っぽく獣臭いということで確かに、自分で食べてみると肉の中に獣臭さがありました。この豚は肥育前期にリキッド発酵飼料という食品残さを液状に乳酸発酵させたものを与えていました。豚の嗜好性、増体が良いとされるこの飼料ですが肉色が多少悪くなってしまい、臭いがついてしまうという欠点もあったのです。「餌をもう少し、工夫した方がいいかもしれない。」そんなアドバイスを残し、父は再び仕事に戻っていきました。気持ちだけではいけない、私はこのときに気付いたのです。命あるものを相手にする以上、愛情を持って接するということは私の中で最も大切にしていることです。しかし、豚肉は餌や環境でその肉質が大きく変化するもの、どんなに気持ちを入れて育てたとしても美味しくかつ安定した肉でなければ消費者は納得してくれません。私は父から「美味しい」という言葉を聞くことができず、悔しくてたまりませんでした。いつか、父に認めてもらえるような美味しい豚肉を作りたい。私はそう心に決めました。

 まず、私は父のアドバイス通り餌から見直すことにしました。北海道の特産物であり同時に残さが大量に廃棄されるニシン粕や給与すると肉に甘味がでる酵母発酵パン飼料、先輩方と一緒に開発した地元の工場から排出されるビールかすとパンくずを混合したオリジナル飼料である中農B.B発酵飼料。試したいものが沢山ありましたが一年次の「農業と環境」の授業で米作りを行った際に飼料米について学んだことを思い出しました。飼料米を豚に給与することで米に含まれるオレイン酸の増加などによりうまみと甘味があり、口溶けの良い柔らかい肉に仕上げることができると言われています。そして現在、日本では後継者不足や米の消費低迷が問題となり休耕田や耕作放棄地が増加していることを、授業を通して知りました。近年では飼料稲の作付け交付金等も充実しているお陰で、耕作放棄地を利用した飼料米の作付面積も年々増加していますが酪農・肉牛分野に比べ養豚での利用は未だ少ない状況にあります。学校がある海老名市は、古くから相模川からの豊富な水と平坦な土地柄を活かし稲作が盛んで、学校に向かう道の中、夏は青々とした稲が風になびき、収穫を迎える秋ごろには水田全体を覆い尽くすほどの黄金色の穂が実る、そんな風景が見られます。しかし、そんな風景も都市化などの荒波を受け休耕や放置された水田も目立つようになり、海老名の水田面積の約19%が現在使用されていない状況にあります。これらの水田で飼料米を栽培し美味しい豚肉を作れないかと私は考えました。

 そうと決まればさっそく飼料米作りです。海老名市農業委員会に掛け合ったところ、学校近くの休耕田を紹介して頂くことができ、持ち主の方にも快く承諾して頂くことができました。しかし、数十年間手の入っていない水田はあぜが崩れかけ、雑草が生い茂りとてもそのままでは米を栽培できる状態ではありませんでした。そこで、まず水田の復元作業から取り掛かることにしました。梅雨入り前とは思えない日差しの中、あぜ道を固めトラクターやスコップを使い自分自身の手で耕していき、水を流し込むこと一週間。水は水田全体に行き渡り荒れ果てていた水田は息を吹き返し、無事本来の役目を果たせる姿に戻ることができました。飼料米の品種には多収量品種で良質な飼料米を生産できる「たちすがた」という品種を導入し、その苗を一本ずつ水田に移植。水管理や除草作業も自分の手で行いながら成長を見守りました。青々と成長した稲は秋を迎えるころには沢山の穂を実らせ約800kgの飼料米を収穫することができました。

 そして、この飼料米を給与する豚には地元の良さを活かしたいと思い、かつて海老名市周辺で広く飼育され現在はその頭数を減らしていますが、豚の品種の中で最も脂肪がきめ細かく美味とされる幻の豚、「高座豚」としてその名を馳せた中ヨークシャー種の交雑種を使用することにしました。生産性をかねて大ヨークシャー種、ランドレース種、デュロック種をかけ合わせたオリジナル交雑種LWYDを作出。肥育後期の仕上げ期間に給与しました。しかし、その豚の糞を見てみるとせっかく与えた米が消化されずに残っていたのです。学校には粉砕する為の機材もなく予想外の事に頭を抱えていた時、先輩からB.B発酵飼料と混合してみたらどうかとアドバイスを頂きました。話によるとこれらを混合し酵母発酵させることで消化吸収率が向上できるのではないかとのことでした。そこで考えた結果、私はこの飼料米と中農B.B発酵飼料、市販の肥育後期用飼料を1:1:2の割合で混合し2週間ほど放置して酵母発酵させました。すると、すぐに効果が表れ、消化吸収率は60%から80%に向上しさらに飼料米の欠点であった成分の片寄りも改善することができたのです。

 こうして、自分の手で作った飼料を豚達は競うようにして頬張り、着々と美味しそうな肉を体にまとっていきました。いよいよ出荷の時を迎えた時、私が育てた豚を父の会社で捌いてもらうことになったのです。迎えた出荷当日、豚達をトラックに積み込みいつものように見送りました。そして出荷から二日後、父の会社から豚が届いたとの連絡が入ってきました。緊張の面持ちで父の職場に足を踏み入れ、初めて枝肉を見た時と同じように凍ってしまいそうなほど寒い冷凍庫の中ですっかり姿を変えてしまった豚達と向かい合っていると社長さんと一緒に父がやってきました。すると嬉しい事に枝肉としての評価は高く、締まりがあって肉食も良く、脂肪も程よく乗った美味しそうな豚だと言ってくれたのです。私はひとまず安堵しました。しかし、最大の問題は味です。その後家に帰り、食卓に並べられた豚肉を父と一緒に食べました。父が豚肉を食べている時、私はまたダメだったらと考えると不安と緊張でいっぱいになってしまいました。恐る恐る、「今回の豚は、どう?」と尋ねると父は黙って頷き、「美味い!よく頑張ったな!」と言ってくれたのです。その言葉に私はやっと認められた喜びと達成感がこみ上げて来ました。

 この豚肉は生産物販売会や、㈱高島屋とコラボしたお歳暮ギフトのハンバーグ等として地域や全国の方々に食べてもらうことが出来ました。「くせがなくさっぱりしている。」「甘味があって美味しい!」そんな消費者の声や笑顔がなによりも嬉しく、美味しい豚肉作りを目指す私のさらなる励みとなりました。またこれらの豚肉は飼料コスト削減や枝肉価格の向上により、1頭の粗利益が約17,000円で全国平均を大きく上回ることができ経済性にも優れた豚肉を作ることができ、私の夢に1歩近づくことができました。

 私は、高校卒業後畜産を学べる大学に進学し、新たな飼料の研究や家畜飼養学、経済学についての知識や技術を深め、より美味しい豚肉を作っていきたいと思います。そして、将来は養豚場に就職し、私が生産した豚肉を父が捌き多くの方々の食卓に届けていく。それが私の夢であり目標です。私が育てた豚肉がたくさんの人達の食卓に美味しさと笑顔を届けることを夢見て私はこれからも進んで行きます。

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