第48回毎日農業記録賞《一般部門》最優秀賞・中央審査委員長賞


つなぐ、つながる、りんご畑

松本 直子さん=盛岡市

豊かに実ったリンゴを見つめる松本直子さん=盛岡市黒川のリンゴ畑で、有田浩子撮影

 「こんにちは!りんご屋です」と声をかける。「はーい、ご苦労様」と玄関を開けた途端、その家の奥様は私の姿を見て驚いた。20キロはあるりんごの木箱を抱えた若い母親が背中に赤ん坊、両脇にも小さい子どもを連れている。「おつりはとっておいて、何か温かいものでも買って食べなさい」と手を握り、それから袋いっぱいの菓子パンやみかん、缶ジュースをもたせてくれた。よほど気の毒な農家の嫁と思ったと、後々話され大笑いした。

 田舎育ちだが農業のことを何も知らずに果樹専業農家の跡取りと結婚した。家事と育児で喜ばれていたが、家業の役に立ちたいと規格外のりんごを売り始めたことが私の農業入門だ。知人宅の庭先や事務所で、旬のりんごを並べての試食販売や配達先は8カ所ほどになる。売り場でお客様の質問に答えるため、家族をつかまえてはりんごの雑学を覚えた。「りんごの蜜って何?」「さんさはどの品種のかけあわせ?」。おかげで、食卓でのりんごの会話にもいっぱしの顔で参加できるようになった。夕方の迎えを気にせずに済むよう、子どもたちを保育園から早めに引き取り、車に絵本やおもちゃ、おやつも積んで一緒にまわった。現在は就農した長男がこの販売を引き継いでおり、まるで我が子や孫が来るように心待ちにしてくれるお客様もいてありがたい。

地域に喜ばれる畑に

 我が家のある集落はかつて11軒の農家ばかりだったと聞くが、今や畑はすっかり宅地に囲まれている。早朝からの作業や農薬散布、機械音、どれも周辺の理解が必要で、地域に喜ばれる畑でなければ存続は難しい。まずは子どもたちに喜んでもらおうと、地元の保育園児をブルーベリーの収穫に招待して25年になる。農業の大切さや苦労を小学校で学ぶが、より幼い記憶には畑はおいしく楽しいところであってほしい。ブルーベリーを頬ばった後、小学3年生の社会科で年3回りんご畑を訪れ、中学で職業体験をする子もいる。農大生として研修に来たり、母となって子ども連れで顔を見せてくれたりすることもある。その子にも家族にも、記憶や体験がつながることが励みだ。

 時代とともにJA女性部や婦人会活動など縮小傾向にある。疎遠になるのはもったいないと、先輩後輩にこだわらずに声をかけた。一緒に活動してくれる5人は、農業者として母として一家を切り盛りする、りんごとブルーベリーの生産者グループ「藍の会」。これまで全国大会の裏方や、りんご畑で開催するチャリティーコンサートの賄い、ハーブでブルーベリーの防除実験、アントシアニンで染め物など様々取り組んできた。役は設けずに言い出した私の提案につきあってもらう緩やかな集まりだが、必要とあらば機敏に動き、時には辛口の助言をくれる。頼もしい協力者で理解者、私にとって尊敬する女性たちだ。

りんごの花の下で演奏会

 春、白い花咲くりんごの木の下で音楽を聴いたらどんなにすてきだろう……畑を眺めて思い描いていたことが実現したのは1999年。ステージはなく演奏者も観客も草の上、チェロのピンが土にめり込んだり、パイプ椅子が傾いたりとハプニング続出だった。それでも、集まった人たちは皆この上なく心地よい時間と空間を楽しんだ。2年に1度続くこの「りんご畑deコンサート」は入場無料で、中学生ボランティアが募金をよびかける。その全額を心身障害児施設と、2011年以降は震災で親を亡くした子どものための基金へ届けるチャリティーコンサートとして9回を数え、1000人もの人が来場する。当初は農家中心の運営だったが、何せ春の農繁期、次第に人手不足になるところに手を挙げてくれたのは地域の人たちだった。住む人、職場がある人、りんご畑の風景が好き、誰かを喜ばせたい、貢献したいと集まった実行委員は年齢も職種も多彩だ。毎回半年前から準備を進め、農家も作業の進捗次第で参加できる形が整った。開催経費は賛同する個人や商店、企業の協賛金と物資で成り立っている。りんご畑を核としてそれぞれが誰かのために動く、思いがつながるコンサートだ。関わる人々、それを応援する人や土地柄は自慢したいほど誇らしい。

 4人の子の成長につれ、専業農業の先行きが心細くなっていた。生産して出荷するだけでは経済的に厳しく、農業を軸に何かできないか。宮沢賢治の作品にも登場する奥羽山脈を、180度見渡す高台にりんご畑はあり、この景観はかけがえのないものだと考えた。目の前の畑で収穫した農産物でカフェを開こう、規模は小さいが魅力的な素材があるのだからと意気込んだが、法律の壁は厚かった。農地法や都市計画の下、岩手では前例がなく、どこで誰に相談するかもわからず途方にくれた。「これからの農業のあり方として間違ってはいない。難しくとも壁に小さい穴でも開けてみたら」と夫に励まされ、あらゆる機関を巡って訴えた。6次産業化という言葉が世に出る前のこと、やっと役所の中に関心をもってくれる人が現れた。農作業所兼店舗での使用、農作業の分断にならない位置どりなど、部署を超えてルールの確認やすり合わせができ、大きな転機となった。前例がないからこそ意義があると、設計や建築、デザインにも多くの協力を得て4年がかりで2007年に開設した。

 狙いは農業経営の一部門になること、畑にふさわしいものでありたい。りんご畑の坂道を上り、車を降りて歩く通路は草刈りの跡が青々しく、しばし立ち止まり景色を眺めて深呼吸したくなる。りんごジュースで煮るりんごのコンポートなど、ここならではのメニューをそろえ、外観はもちろん内部もしゃれすぎず、かといって野暮でなくと考えた。

りんご畑の中のカフェ

 りんご畑の中のカフェ「mi caf●(ミ カフェ●はeの上にダッシュ)」ができたことで、訪れる人にはごく自然に農にふれ、語り、身近に感じてもらえるようになった。周辺に広がる畑の様子を目の当たりにして誰かに伝えたくなり、友人や家族を誘って季節ごとに再訪する人も多い。一緒に働くスタッフは開店前から携わる人もいて、みな良き相棒であり優れたアドバイザー。お客様に畑やカフェのストーリーを熱心に伝える姿も見られ、思いがつながっていると感じる瞬間だ。

 カフェを始めたことをきっかけに他の飲食店のメニューが気になった。地産地消にこだわりながら、デザートの果物やジュースはその限りでない店が多い。客として利用し、すてきだと思ったところに声をかけてみた。夏はりんごの旬ではないこと、ベリーとはいえブルーベリーといちごは全く別物など、笑い話のような誤解もあると知り、私たち農家はもっと農業について伝えるべきだと痛感した。互いのコンセプトや思いが一致する店でとり扱ってもらえるようになり、少しずつ数量も増えてきた。当園のみならず地元農産物に目を向けてほしい。メニューに盛岡産の文字を見つけて嬉しくなる。

 現在農作業は主に夫と長男が分担し、夫の父が手助けをしてくれる。長男は自分なりの経営を模索中だが、幸いともに歩むパートナーに恵まれた。パティシエの妻は果実や野菜を、農家ならではの素朴さに彩りを加えて、ケーキやパイに仕立てる。カフェで働く三女はもてなしが得意で、その気配り目配りにこちらが学ぶこともある。実際に経営の厳しさを知る彼らだが、それぞれ夢をもってくれるようにと願っている。

 仲間や家族に託し、一線を退く日も遠くない。みんなの活躍を応援しながら、これからは人と人をつなぎたい。関心のある人と農業、飲食店と農家、家族からはまたおせっかいをと笑われそうだが、これまでの恩返しができればと考える。暮らし方や人との接し方が大きく変わる今、それでもやはり人が好きな私は誰かに喜んでほしいと思う。

 農業だから、りんご畑だからこそできたこと、出会えた人たち。その全てをつないでくれた夫、正勝に感謝しつつ。

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