第48回毎日農業記録賞《一般部門》 優秀賞
母が残してくれたもの
堀川茂進(61)=秋田県湯沢市
田沢湖近くの実家で1人暮らす母が急逝した。その前夜、母からニンニクの追肥の仕方を聞いたことが忘れられない。葬儀の日、ニンニクに2回目の追肥をした。たくましく育つ様子に、母の思いが乗り移っているように感じた。2回目の月命日、「もう、掘っていい」という母の声が聞こえたような気がした。毎年見ている特大のニンニクが次々と姿を現した。母はいなくても、一緒に作った、と心で叫んだ。母が愛した土を愛し、心を込めて耕していこう。
北限の露地栽培『サンパパイヤ』~逆境を超えて~
柳沼正一(68)=茨城県那珂市
野菜としての青パパイアを専門に栽培する。寒冷地でも生産性のある苗と栽培方法を独自に開発し、商標登録した。熊本の生産者にパパイア栽培を提案したのが契機で栽培技術を研究、2011年から妻の実家で専業化した。いろいろな料理に合う食材だ。日本スーパーフード協会20年度上半期のトレンド予測の首位に青パパイアが入った。4月には普及推進協議会を設立、全国の生産者と集荷から流通管理まで協力する。10年後には「誰もが食べる野菜」にするのが目標だ。
This is my life~私は農と共に歩む~
吉村みゆき(43)=福井県あわら市
夫の祖父母が戦後に開墾した土地で、夫と「とみつ金時」を栽培している。実家は岐阜の山間部でシイタケを原木栽培。父は米国で農業研修の経験がある。父と同じ道を選び、スイスで農業研修。自然の恵みを無駄なく利用して暮らす生き方に、日本の農村の営みが重なった。過疎は深刻だが、「農家の食卓」をSNSで消費者へ伝え、イベントを開催。インドネシア人留学生らと耕作面積を3倍に広げた。共生・共存の方法を見いだすことが持続可能な社会へのヒントだと感じる。
女性経営主としてのワークライフバランス~和牛と生活と心のバランスをもって~
窪田愛恵(36)=鹿児島県志布志市
女手一つで肉牛繁殖経営を始めて16年。男性優位は変わらない。おじちゃんたちは「大変じゃないか?」と。「いいえ楽しいです」と返す。実家は兼業複合経営。農業高、農業大学校でがむしゃらに経験を積んだ。牛飼い女性のグループに誘われ、経験談から学んだ。分娩(ぶんべん)監視装置を導入しスマート農業を実践する。自分はシングルマザー。友人に牛の管理を頼んで、小1の娘と旅行にも行く。ワーク・ライフ・バランスの大切さを痛感する。
“だいちゃん農園”で人の心も耕す、日本の農業を世界へ発信!
志藤一枝(61)=山形県朝日町
33年前、千葉から嫁いだ。英語教師の資格をいかして英語塾を主宰。日中は夫と両親とでリンゴ作りに励んだ。高校で寮生活をしていた長男が不登校になった。息子との時間を取り戻そうと、塾を閉めた。息子は農作業を手伝うようになり、苦しみを抱える青年たちも集まった。町主催の生涯学習に参加。農家民宿を開業した。DVD製作やインバウンドへの発信に取り組んだ。今はアフターコロナに向け、企画を模索する。
命と笑顔をつなぐ農業
小松崎有美(36)=埼玉県所沢市
ご近所の農家Aさん。コマツナを毎月3トン地元の学校給食に出荷していたが、コロナで学校は一斉休校。廃棄せざるを得なかった。妹の息子の学校が休みになり、彼を預かった。泥だらけでミニトマトを植える姿に、自分も元気になった。畑作業には、算数や体育、社会科の要素がある。道徳観も。命を育てる大切さを知る。自分は26歳でうつを患った。父は「気分転換に畑に出てみないか」と。以来、希死念慮が消えた。畑は命をつなぐ大事な場所なのだ、と伝えたい。
農業はこころのオアシス
久市覚(32)=高知県安芸市
幼い時は祖父母に育てられた。小学校卒業後、両親と暮らすがうまくいかず、児童福祉施設では虐待を受けた。高校卒業後は滋賀県の工場で働くが理不尽なことが続き、退職。一時心を病んだ。ギリギリの気持ちで訪ねた古里・高知県室戸市の福祉事務所で、農福連携のナス農家を紹介された。園主は生活全般をサポートしてくれた。ストレスが消え、体調も回復、苦しい生活から抜けることができた。生きづらさを抱える人たちに、農福連携を通じて恩返しをしたい。
一本道の先に
小島宗子(61)=栃木県鹿沼市
山々が重なる一本道の先に、自分が住む入粟野集落がある。ふるさと創生事業でできた温泉施設の設立に加わり、農産品の加工販売所の運営にも加わった。都市消費者との交流も広がり、東京都墨田区の「すみだまつり」に参加。お客さんとの心のキャッチボールがうれしかった。コロナ禍で、温泉や直売所の来客数が減少。メンバーの高齢化もあって事業継続が困難になっているが、農業は「誰か」の喜びを自分の喜びに変えることができる。リヤカーで、直売所を始めたい。
脱3K
星川優(19)=愛知県豊川市
父は母豚500匹の養豚場を経営する。2015年に父が継承した時点では100匹だった。5000匹にするのが目標だ。自分は高3まで、家業がいやで仕方なかった。「3K」だ。水道関係の仕事を辞めて祖父母の家業を継いだ父の姿勢、2人いる農大生アルバイトの話を聞いて知った養豚の魅力。この二つで考えが変わった。人材不足のもととなる3Kイメージを払拭(ふっしょく)するため、地域に愛される養豚場を造る。従業員の満足度が高い職場を目指す。その実践に向け、農業大学校卒業後はJAあいち経済連で経営知識を習得する。
きっとみつかる 私の宝物
栄木志穂(41)=長崎県雲仙市
江戸時代からの農家の4姉妹の長女。32歳でシングルマザーになった。3人の子の育児との両立を考えて農業を選んだが、甘いものではなかった。知識がない中、県立農業大学校の聴講生となりマンツーマンで指導を受けた。国の新規就農者支援制度を使って、イチゴを品目に就農計画を作成。県や農水省の育成塾で経営を磨き、2018、19年には10アールあたり2万パック出荷という目標を達成した。離婚当初は自分を責めてばかりだったが、私の宝物は「私自身」だと気づいた。