第51回毎日農業記録賞《高校生部門》優秀賞


今そこにある農業~微量要素の秘められた可能性~

北海道帯広農業高3年、小倉颯太

 7年前、8月に四つの台風が北海道に上陸し、十勝は一時、陸の孤島になった。自然の脅威に耐えた当時のことを父が話してくれた。父のこだわりは「輪作」。生産性の高いアズキを8年輪作で回す。土壌病害と雑草を遠ざける栽培管理で、地域平均より4割以上多い360キロ収穫している。高校では「にお積み」という方法で自然に風乾させて品質を上げている。総合実習では、大学や肥料メーカーと共同で、微量成分で生育と収量に効果をもたらす微量要素の研究に取り組む。自家のアズキでは微量肥料分が7%余計にかかるが、農業所得も試算するとコストを賄えることが分かった。収量300キロを割らないことがポイントで、その収量以上を得ている父のすごさを認識した。日本作物学会に連携している大学が代表して、成果を発表した。研究成果を注いで経営を強固にすることが次世代の使命だ。

私、農業なんて、絶対にしたくない!

山形県立村山産業高3年、村山美夏

 「農業なんて絶対にしたくない」。何でもない人生を送ればいいや、と考えていた。サトイモや芋煮に取り組む農業クラブの研究班に、成り行きで入った。芋煮は山形のソウルフードだ。始めてすぐのころ、泥だらけになってサトイモを植えた。黙々と手を動かしていた。未知なものを育てる楽しさに圧倒された。山形県村山市内の農家と連携したが、突然、次年度は打ち切る話が来た。ビニールハウスの開閉作業が農家の負担だった。裾を20センチ開放し続けることで適温を維持し、作業を50%削減できることが分かった。新たな協力関係を結んだ。消費者に認知されるためのブランディングを学び、仲間とチームを作り、これまでバラバラだった農家や事業者を結んで「芋煮コンソーシアム」を設立した。この魅力が伝わった人が、新規就農者として栽培を始めた。3年間で、農業の面白さと地域のつながりを学んだ。将来は農業コンサルタントになりたい。

飯舘で目指す私の和牛繁殖経営

福島県立福島明成高3年、佐藤隆人

 「牛に必要とされている」。初めて世話をした時そう感じた。中3のころ、家に引きこもっていた。父に牛舎に連れて行かれ、手伝わされた。牧草をほおばる母牛や勢いよく人工乳を飲む子牛を見て、「初めて何かのために尽くせた」と感じた。家は福島県飯舘村で和牛繁殖経営をしており、約300頭を飼育している。5歳のころまでは約600頭を肥育していたが、東日本大震災で家族は新潟県に避難、小学校の6年間を送り、中学入学と同時に福島県川俣町に移った。両親は飯舘に通う。牛について学べる高校を選んだ。課題研究では、繁殖機能を最大限引き出すことが重要だと知った。農家の熱意に触れ、同じ志を持つ高校生と競い合った。大学卒業後は分娩(ぶんべん)間隔の短縮や子牛発育の向上を目指した経営をしていきたい。村の風評被害撤廃のためにも牧草から安全性を証明し、安全安心の生産をしていきたい。

あこがれの父を超えるために

三重県立四日市農芸高2年、日紫喜(ひしき)幸太

 岐阜との県境、三重県いなべ市の専業農家だ。以前は県内でも有数のシイタケ農家だった。東日本大震災で福島産の原木が高騰、父は悩んだ末、稲作を中心に大豆、小麦に切り替えた。いなべでは稲作農家が減っており、若手だった父が、営農組合から頼まれたこともあった。「長男坊やったら家、継がなあかんな」と声がかかる。父と比べられ、父を遠い存在に感じ、プレッシャーになった。父の母校に進学し、基礎から学ぶうちに「いなべの田んぼや畑はどうなっていくんだろう」と心配もわき、「いなべの農業を守る」という決意がわいた。父の後を継ぐ闘志も。父はスマート農業で大規模栽培を考えている。この夏休み、長野県のトウモロコシの大規模栽培と、三重県の大規模施設園芸を目指す会社でインターンに参加。スマート農業と大規模農業をつなぐ夢をつないだ。全国の若手と交流し、後継者のネットワークを作りたい。

小さな丸から大きな牛へ~命に教わり、命を教える~

兵庫県立農業高3年、前田歩

 こんな小さな丸があんな大きな牛に? 生殖の小さな世界に魅了された大きなきっかけだった。ニワトリの解体実習の体験記を読み、口にしているのは生き物の命なのだと気づかされた。命の尊さを学びたいと、動物科学科に進んだ。動物バイオテクノロジー研究会で、運命を変える小さな「丸」に出合った。受精卵だ。ピカピカと輝いて見えた。採卵された牛は「マヤさん」と呼ばれている名牛。学校では体型改良の基礎牛にするため効率のよい受精卵移植に取り組んできたが、マヤさんが不妊になってしまった。経膣(けいちつ)採卵ができる獣医は県内に1人だけだったが、採卵してもらった。学校で体外受精し、受精卵作成までやってみたいと考えるようになった。畜産から「命」の素晴らしさを知った。生殖技術はそれを支える大切な技術だ。将来は教員になって、担い手たちに伝えていきたい。

菌にまみれて三年間

兵庫県立農業高3年、中井大晟(たいせい)

 入学間もないころ、先生に「キノコの栽培をしてみないか」と。数人の仲間と、菌床栽培で栽培管理の実習を繰り返すうちにとりこになった。シロヒラタケの生産性向上を図り、30倍の売り上げを得た。達成感と自信も得た。興味が高じて六甲山のフィールドワークに参加し、そこで採取したシロキクラゲの栽培に挑んだ。ハウス内の温度変化やナメクジ被害の課題が浮き彫りになった。新たな挑戦として、土壌微生物を農業利用するプロジェクトに取り組んだ。アミノ酸が繁殖能力を高めることを知ったので、日本食文化の「だし」に注目。水産廃棄物からだしを抽出し土壌に散布することで土壌微生物を活性化させることをゲノム解析で証明できた。リン酸は1.7倍、カリは1.2倍。土壌微生物の大きな力が、手品のように目の前に現れた一瞬だった。

バイオの力でささっと解決!~咲き誇るささゆりを目指して~

奈良県立磯城野高3年、橋本走(かける)

 4人のみこが手にササユリを持ち、美しく舞う。奈良市最古の率川神社で6月に行われる三枝祭。「ゆりまつり」と呼ばれる。全国で姿を見るのも難しくなったササユリ。花を咲かせるまで5~10年を要する。花をつけるのは発芽したうち3%ほどで、祭に必要な600本をやっと確保している。バイオの技術で増殖させたいと考え、球根のかけらを使う鱗片(りんぺん)培養を行った。鱗片で増殖した個体はどれも遺伝子が同じで、多様性が消えることが課題だと聞いた。自然災害などで絶滅する可能性も高くなる。胚培養に挑戦したが、1度目はカビまみれで全滅した。次は水溶液の濃度調整で殺菌に成功したが、今度はなかなか発芽しなかった。5月、ついに発芽。たった2個で、確率は約5%。適切な方法の確立にはまだ研究が必要だが、多様性維持と増殖ができるという確信はある。ササユリの乱獲防止を呼びかける体制づくりも進める。

私の夢は「牛飼い女子」

和歌山県立南部高3年、櫨原(はぜはら)萌々香

 初めて触れた牛は、とても穏やかで優しかった。和歌山県の牛肉の消費量は全国5位。その一方で肉用牛の産出額は44位、乳用牛は最下位だ。県の農業高校に畜産の授業はない。牛に慣れることから始めた。月に1回、和歌山県串本町の繁殖農家で実習している。女性経営者1人で40頭を飼っており、早期離乳、人工哺乳をしている。子牛の発育が均等になり、母牛の発情回復が早まるメリットがある。ただ、飼育方法の違いで子牛の競り価格に差があることに疑問を持った。人工哺乳は体重227キロで44万2883円、去勢子牛は262キロで60万7934円。粉ミルクの高騰ですぐ赤字になるので、1日の哺乳回数を減らしていることが分かった。経営管理の重要性を認識した。女性でも畜産で活躍できることを知り、将来のイメージを持つことができた。農業高校と連携し、生徒に畜産業に携わりたいと思ってもらえるプログラムを提案したい。

日本の酪農を救える光

香川県立農業経営高3年、古川まこと

 日本のフードロスは深刻だ。1年間で約522万トンの食品が廃棄され、国民全員が毎日1個おにぎりを捨てている計算だ。牛乳の余剰生産による大量廃棄にショックを受けた。生徒100人にアンケートしたところ、「牛乳ロス」を知っている生徒はたったの29%。捨てたことがある生徒は58%もいた。生活情報誌の調査では、「捨てられがちな食品」の1位は「牛乳・乳製品」だった。学校で乳牛飼育を学んでいる。牛は生まれてすぐ母牛から離され、初乳さえ哺乳瓶で与える。本来、「子牛が命を育むためのもの」が牛乳だ。人間はそれをいただいている。穀物価格の急騰。同校も例外ではない。7月、搾乳施設のミルキングパーラが故障した。新たな機械を導入することはなく、涙ながら乳牛を手放さなければならなかった。最後に搾乳した牛乳を生ミルクキャラメルにして学校の皆に提供した。「牛乳ロス」削減に向けたPRもした。

 

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