第53回毎日農業記録賞《一般部門》最優秀賞・中央新委員長賞
『農』から生まれる感動体験
~子どもたちの「生きる力」と「未来」を育む~
春日井誠(61)=愛知県一宮市、名古屋市立汐路中・特別支援学級教諭

1964年、愛知県生まれ。県立芸術大学卒業後、25歳で特別支援学校に赴任。教職の傍ら、「命の尊さ」をテーマにした絵画制作を続けており、理事を務める一般社団法人「ワンダーハート」では造形教室などに携わる。2歳の孫娘と動物園に行ったり、川沿いを散歩したりするのが大好き。
畑は、子どもたちの 心を落ち着かせ育てる場所
私は三十五年以上にわたり、特別支援教育に携わってきました。その歩みの中で、常に大切にしてきたのは「子どもたちに生きる喜びを実感してほしい」という思いです。支援学級に在籍する子どもたちは、それぞれに多様な個性を持っています。時に学習に困難を抱え、日常生活の中でも「できない」と感じる場面が多くあります。だからこそ、私は子どもたちが「できた!」「楽しい!」「おいしい!」と心から感じられる場を用意したいと考え、学校の支援学級の畑を活用した農業や食育の取り組みに力を注いできました。
食べるものを自分たちで育て、収穫し、味わうことは、子どもたちにとって最高の情緒の安定につながります。畑に種をまき、苗を植え、水やりを行い、成長していく様子を見守る中で、子どもたちは命の営みを実感します。そして自分の手で収穫した野菜を口にした時の「おいしい!」という声と満面の笑みは、何にも代えがたいものです。畑は単なる学習の場ではなく、心を落ち着けて、さらに育てる大切な場所になっています。
育てる喜びと循環の学び
活動の過程そのものが、子どもたちの成長を育みます。スコップで土を掘り起こす時の真剣なまなざし、耕運機を操作した時の誇らしげな表情。そこには「役に立っている」という実感があふれています。 給食で残った白米を集めて堆肥にし、それを畑に混ぜ込むことも、子どもたちにとって大切な仕事です。その堆肥で育った野菜を食べた時の喜びは一層大きなものになります。堆肥作りから「循環」という自然のプログラムを学び、土から「生きる力」を与えられ、自然のつながりの中で生きていることを学ぶのです。
心からの感動体験が 生きる力へ
こうした日常の中で、子どもたちの心からの感動が生まれます。ある日のこと、収穫したきゅうりを浅漬けにしてみんなで味わいました。その時、一人の男子生徒が『生きててよかった!』とつぶやいたのです。親元を離れて育った彼にとって、採れたての野菜を口にする体験は初めてのことでした。その心の底から出た言葉に、私自身胸が震えました。食べることが生きる喜びにつながる、その原点を改めて教えられた瞬間でした。
また、ある日ダウン症の男子生徒が、自分たちで作った生姜を収穫し、すり下ろして醬油と豚肉と合わせて調理し、みんなで生姜焼きを食べました。すると、彼が『たまらん!』と大きな声を上げたのです。誰もが驚き、振り返るほどでした。食の体験が子どもの心を揺さぶり、普段は見られない感情や言葉を引き出すことがあるのだと深く感じました。
さらに、野菜嫌いだった女子生徒のことも忘れられません。幼いころから野菜はほとんど口にできなかった彼女が、畑で採れたほうれん草のバター炒めを、みんなが「おいしい」と言っているのを見て、自然に自分から手が伸びて一口食べました。すると、そのままフライパンから箸でつまんで立ったまま食べ続けたのです。先生たちは驚き、すぐに保護者へ報告しました。ご両親は幼い頃から「野菜を食べさせたい」と願い続けてきたので、わが子が自ら野菜を食べられたことに大喜びし、翌日にはプランターと土を買って家庭でもほうれん草を育て始めました。農と食が家庭をも動かし、子どもの生活を広げていったことを実感した出来事でした。
畑から社会へつながる学び
支援学級の畑の活動は、支援学級の枠を超えて広がることもあります。ある通常学級の男子生徒が、放課後に「畑作業を手伝いたい」と声をかけてくれました。一緒に汗を流す中で、彼は「農業を目指したい」と語るようになり、農業高校に進学し、今では農業大学校で学んでいます。「露地野菜を育てる農家になりたい」という夢を語る彼の姿に、畑が一人の若者の未来を拓いたことを強く感じました。昨今、農業を志す若者が減少している中で、教育の場から新しい芽が育ったことは、大きな希望でもありました。
さらに、名古屋市のスクールランチでも取り組みが実を結びました。私の勤務校の栄養教員とキャリアナビゲーターの提案で、生徒と一緒に畑のトマトを使った新メニューを考案しました。試行錯誤の末に完成した「牛肉とトマトのスタミナ炒め」は、試食してもらった先生方にも大変好評で、正式な提案を経て名古屋市全体のスクールランチに採用されました。学校での小さな活動が、地域全体に広がっていく象徴的な出来事となりました。
また、自分が理事として運営(ボランティア)に関わっている一般社団法人ワンダーハート(※①愛知県日進市)では、農業と自然とARTを掛け合わせた一日体験プログラムを作り、昨年実現しました。その活動では、障がいあるなしに関わらず、地域の子どもや老若男女問わず約五十名が参加しました。日進市にあるハッピーベビーファーム(※②)という名の体験型農園で、参加者全員で青空の太陽の下の豊かな自然に囲まれた畑で野菜を収穫し、その収穫した人参や菜っ葉、オクラなどを大きな紙の上に置いて描きました。主に障がいのある子どもたちや健常の子どもたち、ボランティアで参加した高校生、大学生も加わって、大きな筆、手や足全身を使って、ART作品を作り上げることができました。正に、『農』から『感動』へ、そしてARTに昇華され、その作品が名古屋市各地の文化施設で展示され、社会につながる大きな出来事になりました。
《農×ART体験》 子どもたちと共に学ぶ時間
子どもたちと共に畑で汗を流す時間は、私にとっても大切な学びの時間です。手に残る土の温もりや、草の匂い、人が生きる原点に立ち返るような感覚になります。野菜を調理して漂う香りや、口いっぱいに広がる甘みや苦みを子どもたちと共有する時、私は改めて「食べることは生きること」だと実感します。
支援学級の子どもたちに限らず『農』は多くの子どもたちにとって、知識を学ぶ場所ではなく、自分の役割や居場所を確認でき、感動できる場です。水やりが得意な子、収穫を楽しみにする子、調理の場で力を発揮する子。その姿は、小さな社会の縮図のようであり、未来の共生社会の姿を映しているようにも思います。教師として指導する立場でありながら、私は子どもたちの一挙手一投足から「生きることの意味」を教えられているのです。
命のつながりを伝えていく
土に触れる体験は、子どもたちの心を解き放ちます。じゃがいも掘りで歓声を上げる瞬間、サツマイモを抱きしめるように持ち上げる姿。農作業は感覚的な充足を与え、子どもたちに「自分は生きている」という実感をもたらします。
農と食を通して子どもたちが経験するのは、単なる学習ではありません。『生きててよかった!』『たまらん!』といった言葉に象徴されるように、それは心からの感動であり、自己肯定感を育む成功体験です。できなかったことが「できた」に変わり、苦手だったものが「おいしい」に変わる。そうした一歩一歩が「自分には価値がある」という思いにつながり、やがて『生きる力』となっていきます。
これからの教育には、知識や技術以上に、心に残る体験が求められていると感じます。農と食は正にその源であり、子どもたちに生きる力を与える「命の授業」です。そしてその学びは、子どもたち自身のウェルビーイング(心と体の幸せ、そして生きがい)につながり、社会全体をより豊かにしていくものだと信じています。私はこれからも支援学級の子どもたちはもちろんのこと、障がいあるなしに関わらず多くの方々と共に土に触れ、食を分かち合いながら、未来へと命のつながりとウェルビーイングを伝えていきたいと考えています。
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