第53回毎日農業記録賞《高校生部門》優秀賞・中央審査委員長賞


畜産との出会い

遺愛女子高3年 武山裕佳

2025年(第53回)毎日農業記録賞
武山裕佳(たけやま・ゆうか)さん《高校生部門》優秀賞・中央審査委員長賞
 北海道函館市出身。3人姉弟の次女で「畜産に興味があるのは私だけ」と笑う。中学2年から養鶏場や農家の人などから話を聞き、まとめた10冊のノートはかけがえのない財産。高校では新聞部に所属して「たくさんの人から話を聞き、文章にまとめることは楽しかった」と話す。

先端栽培管理で就農者支援へ

 ある日、私は家畜の飼育環境についての記事を読んだ。日本の90%の養鶏場で、鶏はバタリーケージというケージに入れられて一生を過ごすらしい。私は呆然とした。身動きも取れないカゴの中から一生出られないなんて。それまで私は家畜がどんな環境で飼育されているのか考えたことがなかった。いや、本当のことを言えば、いつも口にしている卵が、鶏が産んでくれたものであることに気づいていなかった。何も知らなかった自分と、鶏をそんな環境で飼うことを許している社会に怒りを覚えた。

 これをスピーチ大会で話して皆にも知ってもらおう。その日から私は家畜の飼育環境についてインターネットで記事を探して片っ端から読んだ。

 でもしばらくして、私は頭を抱えることになる。インターネットの情報は、本当に正しいのだろうか。養鶏場を実際に見たこともないのに、画面上で得た知識だけで、畜産の現状はこうです、なんて言っていいのだろうか。そこで母の一言。「じゃあ、どこか近くの養鶏場を見学させてもらったら?」

人生を変える出会い

 え、そんな急に、知り合いでもないのに? 私はためらったが、母に背中を押され、近くの養鶏場2軒に直接見学を頼みに行った。結果として、それは私の人生を変える出会いだった。

 1軒はバタリーケージ、もう1軒は平飼いだった。どちらも見学を快諾してくれた。鶏がたくさん平飼いされている鶏舎の中に足を踏み入れた時のことは今でも覚えている。ああ、ここであの卵が産まれているのか。初めて本当の意味で「食」に触れた気がした。バタリーケージの鶏舎に入ることはできなかったが、職員の方が質問に丁寧に答えてくれた。

 2軒の農家から学んだこと。鶏は本来絶えず地面をつつき、砂浴びや日光浴が大好きな動物であること。生産性を重視すると鶏の身体に負担がかかること。大規模なバタリーケージ飼育では、卵の質が緻密に制御されていること。卵を驚くほど安い値段で買えるのは、バタリーケージのおかげであること……。ネットで調べるのとは比べものにならない大きな学びがそこにあった。

 その後、科学を用いて家畜が健康で快適に暮らせるようにしよう、というアニマルウェルフェアの考え方を知った。日本には、動物の幸せに配慮しようという意識はあまりないそうだ。私はアニマルウェルフェアに深く共感した。日本中にアニマルウェルフェアを広めたいと思った。私はどうしても、快適に暮らした家畜の肉や卵を日常的に食べられる世界で生きたかった。

 スピーチ大会の後も勉強を続けた。卵の次は乳牛、肉牛、豚……。沢山の人と出会った。気になった農家さんを見学させてもらうと、その農家さんがまた別の農家さんを紹介してくれた。人の輪はどんどん広がっていった。

興味は畜産や食そのものへ

 きっかけはアニマルウェルフェアだったが、見学を重ねるたび、私の興味は畜産や食そのものに広がっていった。私は食を支える畜産という仕事にどんどん魅了された。畜産に携わる人々は皆、親切で、しっかりとした芯を持っていた。その人たちと話す時間は刺激的で本当に楽しかった。命あるものは食べるという行為をしないと生きていけない。「食」はとても大事だ。そう強く思うようになった。食卓と生産現場が切り離された今、命だったはずの食べ物は「物」にしか見えない。「生きるためには殺さないといけない」。知識として知ってはいたけれど、実際に農家を見るまできちんと分かっていなかったその大きな真理に、私は圧倒された。

 それと同時に、自分の豊かな生活に対する恐怖心が芽生えていった。母が作ってくれた大好きなオムライスの裏側に、ケージから一歩も出られない鶏がいるのなら。私はそれが怖い。

 家畜だけじゃない。劣悪な労働環境で私が買う安価な服を作ってくれている途上国の縫製工場の人。スマホを作るための環境破壊で絶滅する野生動物。エアコンの利いた室内で過ごす度、買ってきたケーキを家族で食べる度、私は幸せであると同時に怖い。この快適な生活を成り立たせるために、誰かが犠牲になっていないか。私は苦しんでいる誰かの頭を踏みつけながら笑ってはいないか。自分の生活の裏側を知っていなければいけないと思う。

 こうして私は、将来は畜産に関わりたいという思いを強くしていった。

私の意見は正しいか?

 でも、その過程にはたくさんの失敗もあった。いろんな人と話す中で、私は、自分の意見が絶対に正しいと無意識に思い込んでいたことに気づいた。きっと、アニマルウェルフェアを普及しようとすることが「正しい」のと全く同様に、生産効率を追求して安い卵を提供しようとすることもまた「正しい」。単純に言えば、それまでの自分は、動物を大切にするべきだ、動物を大切にしない人は間違っている、だから変えなきゃいけない。そういう、勧善懲悪のような世界観を自分で勝手に作り上げてしまっていたんだ。今まで出会った農家さんの中で、アニマルウェルフェアに興味がある、と言うと嫌そうな顔をする人がいた。もしかしたら、そういう私の傲慢さが伝わってしまっていたのかもしれない。

 そして、もう一つの間違い。動物行動学の教授と話した時に気づいた、今まで自分が感じたり言ったりしてきたことは、全部「主観」だった、と。私は平飼いの鶏を見て「幸せそうだな」と思ったけれど、結局それは自分の主観で勝手に判断していただけだった。「どんな環境が不快で、何をされるとうれしいのか、動物の代弁を可能にするのが科学だ。動物がかわいそうだ、ってプラカードを掲げるだけでは足りない、人を説得するには科学的な根拠や論理が必要だ」。私はその教授の話に感銘を受け、科学への強い関心を抱いた。

異なる意見に寛容になりたい

 私は今、大学の農学部に入るため勉強している。今の自分は、知識も経験も人間力も何一つ足りていない。だから勉強したい。動物の状態、感情、幸福を分かりたい。畜産という人間の営みについてまるごと知りたい。社会のシステムをできる限り知っていたい。たくさんのことを学びたい。今の社会は妥当か、ちゃんと勉強して自分で考えて、妥当なら安心して畜産に関わりたい、妥当じゃないならそれを良くしたい。

 畜産は「産業」だ。どうしてもお金が関わる。農家の人たちは、まず自分の生計を成り立たせないといけない。その中で、どうアニマルウェルフェアを広めていくか。経済効率と動物の幸せを両立できるところを農学部で探したい。

 異なる意見に対して寛容であるよう努めながら、それでも、集約的畜産に触れる度、今でも心の底にちらつく感情がある。その感情は、学校の授業で、黒人奴隷を輸送する船の設計図を見た時に感じたやりきれない悲しみに似ている。このまま大量生産大量消費を続けていていいのだろうか? 食卓と生産が切り離されたままでいいのだろうか? 工業型畜産のデメリットを克服するには? そんなことを、大真面目に一から考えたい。

 私はこれからも、畜産に魅了されながら、もっともっとたくさんの素晴らしい人たちと出会いながら、人間も家畜も皆が快適に生きられる社会を夢見て、自分にできることを探していくだろう。

 

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