第53回毎日農業記録賞《一般部門》最優秀賞・新規就農大賞


農と人がつくる地域の風景(パン屋、カフェ、おでん屋、古本喫茶の営む農家の記録)

福田大樹(36)=栃木県鹿沼市、農業・飲食店経営

福田大樹(ふくだ・だいき)さん《一般部門》最優秀賞・新規就農大賞
 栃木県鹿沼市出身。宇都宮大卒業後、広告会社で2年間、飲食店などを取材する仕事を担当した。同県那須塩原市でのパン屋修業を経て、2014年に就農。両親、妻、子ども3人と暮らす。読書が好きで、最近印象に残った本は宇都宮市出身の哲学者・作家、千葉雅也さんの「センスの哲学」。

 

 僕は栃木県鹿沼市で「一本杉農園」という名のもと、農業、パン屋、カフェ、おでん屋、古本喫茶を営んでいる。育てた野菜と地元産の小麦でパンを焼き、それを届ける場所として、カフェ「蒔時」、夜のおでん屋「湯気」、本と珈琲の空間「くらしのら」を地域に開いている。

「風景を育てる」試み

 「地域の景色を気持ちいいものにしたい」。そんな思いで就農して十年がたった。僕の暮らす地域は、田畑が広がる土地だ。ここでは「誰が、どんなふうに農業をしているか」が風景をつくる。農地の手入れがされているか、作業する人がどんな表情をしているか──そのすべてが、地域の空気感に影響を与える。だからこそ、僕は「野菜を育てる」だけでなく、「農地という風景を育てる」ことを意識してきた。

 誰もが気軽に農と接点を持てるように。その思いは、やがてパンづくりへ、さらに「場づくり」へと広がっていった。それが、現在の一本杉農園の姿である。

 今、週の半分は畑で汗を流し、残りの半分はパンを焼いている。この二つの仕事は、実は深いところで共通する部分が多い。土の中でもパン生地の中でも、目に見えない微生物たちが働いている。野菜が育つまで、パンが焼き上がるまで、いずれも自分が介入できる部分はごくわずかで、ほとんどは自然の働きに委ねるしかない。

 僕はその不確定な大部分を、知識と経験をもとに予測し、望む結果に向かってそっと手を添える。けれど、しばしば予期せぬことが起きる。そのたびに反省し、改善を積み重ねていく。なかなか思うようにいかないからこそ、飽きずに続けられているのだと思う。

 畑で収穫した旬の野菜は、パン工房で新たな形になる。たとえば、小麦粉の倍量のじゃがいもを練り込んだパン、摘みたてバジルをたっぷり使った香り高いパンなど、季節を感じられるよう日々工夫している。農業経営的にも、パンに加工できることは大きな強みになっている。

 パン屋は間口が広い業態であり、子どもからご年配の方まで、老若男女問わずさまざまなお客様に来ていただくことができるのも利点だ。小銭を握りしめてフラッと何度でも気軽に立ち寄れることから、地域の人々が店頭で偶然顔を合わせて世間話が始まることも多い。地域コミュニティーのハブ的な役割もパン屋は担っている。

野菜の一生を客と共有

 パン屋に併設するカフェ「蒔時」では、自家農園の野菜を使ったランチやスイーツを提供している。目指しているのは、お皿の上からその日の畑の景色が浮かんでくるような体験だ。たとえばニンジンなら、流通にのるものは基本的に食べ頃にまで育ったサイズのものだけだが、蒔時では芽が出たばかりの頃は葉付きのまま丸ごとロースト、少し育てばグラッセに、しっかり成長したものはラペサラダに、そして育ち終わって花が咲いたらトッピングに──他の野菜も同様に。畑がすぐそばにある環境だからこそできる表現で、野菜の一生の一瞬一瞬をお客さまと共有している。

 週末の夜には、おでん屋「湯気」を開く。畑で採れた素材を何でもおでんの具にしてしまうこの店では、農業仲間、近所の常連の方々、SNSで見つけて来てくれる若者が肩を並べて座る。おでんの湯気のように、言葉が自然と立ちのぼり、誰かと誰かがつながっていく。

おでん屋兼「農仲間の職場」

 また、地域で農業を営む同業仲間の、畑以外のもう一つの職場としても機能している。明るいうちはそれぞれの畑に立ち、収穫した野菜を持って夕方、湯気に集まり、調理する。収入的にもやりがいとしても、地域の農業のあり方に選択肢を増やすことが出来た。お客様から「作り手から畑仕事の話を聞きながら採れたての野菜が食べられて楽しい」「オクラやズッキーニ、ゴーヤーがおでんになるなんておもしろい」など、うれしいお言葉をいただけることが、昼間の農作業のやる気につながっている。

 「くらしのら」は、地域の方々から寄贈や委託で集まった古本とコーヒーを楽しむ空間だ。晴耕雨読、農家は身体を動かすだけでなく、頭を働かせて文化的な刺激を享受することも重要だと考えている。くらしのらに並ぶ古本には、元の持ち主の感想を栞にして挟んでいる。本とその感想を読めば、その人の感性が感じられる。この地域にどんな人々が暮らしているのか、本と栞を通して知ることができる。また、ここで出会って気に入った本にも新たに栞に感想を自由に書いて残せる仕組みもつくった。次の読者がその言葉を読み、さらに自分の物語を紡ぐ。「一冊の本が人と人を静かにつなげていく」、そんな場を目指している。

 僕の営みは、「職業は何ですか?」と聞かれると少し答えに迷うかもしれない。でも、すべての根っこには「農」がある。パンも、カフェも、おでんも、古本も──農業から広がった表現の一つだ。田畑が広がるこの地域にとって、どんな営みが風景として心地よく機能するのか。その問いに、自分なりにひとつずつ形にして応えてきた。

 この数年で、働く人々の価値観は大きく変わった。「稼ぐ」より「暮らす」へ。ただし、「ハッスルカルチャー」から「丁寧な暮らし」へという昨今のSNSなどで語られる価値観の変遷とは違う文脈で、ありのままの田舎の農的なあり方の、現代的で自分らしい理想形を模索してきた。心地よく働けて、関わる人にも余白があり、営みから自然に地域へとにじみ出す心地よさを、関わる人々におすそ分けするような仕事。飽きることなく日々いろんな業務ができて、健康的で、ゆとりがある。それが、これからの農業のひとつの姿なのではないかと思っている。

里山手入れで描く未来

 今後は、農地の周辺に広がる放置された里山にも目を向けたい。地域の景色を少し目線を上げて眺めた時、数十年眠ったままの風景があることに気がついた。あの山々の手入れを進めれば、さらに広く、美しい「農と暮らしの風景」が地域にひろがる。そんな未来を描いて、新しい事業の計画をワクワクしながら立てている。

 農業は、決して一つの形にとどまらない。自然とともに生きる以上、変化に応じて柔軟であるべきだ。僕はこの一本杉農園という場で、「農・食・文化・交流」を統合した暮らしのあり方を描いてきた。これからも土と向き合い、人と関わりながら、変わりゆく地域の風景を愛で、耕し続けていきたいと思う。

 

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