第48回毎日農業記録賞《高校生部門》優秀賞・中央審査委員長賞
父が大切にしてきたこと、そして私のやりたい農業
大西 竣介さん=岐阜県立飛騨高山高校3年
3Sシステム導入
「反収20トン」
私はその数字を聞いて驚いた。
私が住む岐阜県高山市は、全国2位の夏秋トマト産地である。日較差の大きい気候を生かし、簡易な雨よけハウスでトマトが生産されている。反収10トン獲ることができれば、蔬菜出荷組合トマト部会から表彰していただける。
「3Sシステムなら反収20トンとれるぞ」
私は迷わず、同級の2年生4人と共に、3Sシステムについての課題研究に取り組むことにした。
3Sシステムとは、岐阜県が開発し、3年前から産地に導入が始まった「ナス科果菜類隔離型培地耕システム」のことである。1株ずつ土壌から隔離された独立ポットで養液栽培をすることにより、夏秋トマト産地で課題となっている土壌伝染病の被害を防ぐことができる。同時に、高密植で長期栽培することにより、反収を向上させることができる。私の通う飛驒高山高校でも夏秋トマトを10アールで生産している。土壌伝染病の発生も見られる中、反収10トンを確保するため、様々な取り組みを行っていた。
「反収20トンを目指すぞ」
私たちは3Sシステムを本校野菜園に導入することを決心した。まずは、土壌伝染病が発生していたハウスを鎮圧し、ビニールシートと防草シートを敷いた。3Sシステムを行うには、地面から隔離するとともに、長期多段栽培に対応した、つる下げ栽培を行うための棚を設置する必要がある。私たちはシステムを開発した岐阜県中山間農業研究所の研究員さんや、昨年にシステムを導入された生産者の方から教えていただき、直管パイプを用いて棚を設置し始めた。ひたすら切断機で切断した直管パイプを、垂直を確認しながらハンマーで地面に打ち込み、7月に棚が完成した。
雪でハウス倒壊の危機
「これ冬どうするの」
高山は積雪地帯である。簡易な雨よけハウスは冬季ビニールを外さなければ雪の重みで倒壊する。3Sシステムを導入している生産者の方は、棚や養液栽培システムを雪から守るため、直径35ミリのパイプアーチを用いた耐雪ハウスで生産している。しかし学校のビニールハウスのパイプ直径は25ミリ。何か対策をしなければハウスが倒壊する。
「棚から直管パイプを伸ばしてハウスを耐雪構造にしよう」
仲間と協力し、1カ所ずつ棚とパイプアーチの間の長さを測定して直管パイプを切断し、金具で固定していった。真夏に、熱気のこもりやすいハウス天井部分で、脚立に上っての作業は地獄としか言いようがなかった。9月、ついに耐雪構造を施したハウスと棚が完成した。私が直管につかまって懸垂してもびくともしない強度に仕上がった。
ハウス内に巨大タンク
「使用する水は大丈夫か」
農業研究所の研究員さんから尋ねられた。夏場1ポットに供給する養液の量は最大5.6㍑。さらに、原水のpHやカルシウム、鉄分等の含量は、養液のバランスに影響を与える。養液栽培に適した大量の水が必要となる。学校で使用している用水の水質を普及指導員の方に調べていただいたところ、カルシウム含量などは基準値以下であったが、pHが異常に高かった。そのため、pHダウン剤を混入するための液肥混入器も導入することにした。また、ハウスと用水をためてある貯水池との間に距離があるため、ハウス内に3000㍑の巨大なタンクを設置し、システムに常に水を供給できるようにした。資材を扱う業者の方に教えていただきながら、冬に養液システムが完成した。
いよいよ3Sシステムでトマトを生産できる。心躍る半面、新しい栽培技術に不安があった。さらに、システムの導入に使用した資材の量は膨大であり、果たして経営的に成り立つのか疑問を持った。私たちはこの不安と疑問を払拭するため、3Sシステムを導入している市内4軒すべての生産者を訪問した。どの生産者の方も生き生きとした顔で、「このシステムは反収が上がるよ」と親切に栽培技術を教えてくださった。また、生産者の方からうかがったことや、本校のシステム導入にかかった費用、中山間農業研究所の試算データなどから、本校における3Sシステムの経営指標を作成した。その結果、土耕栽培と農業所得率に大きな差はなく、反収同様、土耕栽培の2倍以上の農業所得を上げることができると分かった。
始動の時にコロナ休校
そして、2月4日にトマトを播種し、2月27日に鉢上げをした。いよいよ3Sシステム始動というときに、新型コロナウイルスによる休校。ハウスに行くことができずにもどかしい日々を過ごした。そして3年生になり、6月、ようやく学校が再開した。私は毎朝学校の寮を早めに出発し、3Sシステムのハウスに行き、養液の調査をしてから教室に向かっている。養液の廃液率やECの給廃液差等を調査するとともに、その日の天候に合わせ、養液の濃度を調節する。毎週来てくださる研究所の研究員さんや普及指導員の方のアドバイスを参考に管理するが、システムだけではなく、自分に技術がなければ反収は上げられないことを強く実感した。そして、放課後は真っ先に3Sシステムのハウスに向かい、芽かきなどの管理をする。8月までの反収は18トン。目標を大きく超えるかもしれない。もう毎日が楽しくて仕方がない。
お盆、私は帰省し、久しぶりに父とゆっくり話をした。私の家は高校から車で峠道を40分、高山市上宝町蔵柱という谷あいの集落で、株式会社アルプス農場を営んでいる。地元の方を雇い、夏秋トマトのほか、パプリカ、ミニトマト、スナップエンドウ、菌床シイタケなどを生産している。「農業経営を通じて地域社会に貢献すること」を企業理念とし、社員総出で地域の草刈りや用水路の管理なども行う。主な産業は農業しかなく、交通の便が悪い蔵柱。集落を後にする人も少なくない。少子高齢化の進む集落を何とかしなければ。父は法人化して地元の人を雇用するとともに、パプリカなど新規作物を導入し、仲間とともに農業の活性化に貢献してきた。
「将来3Sシステムを家にも導入したい」
父に自分の思いを伝えた。私は自分の生まれ育った蔵柱が大好きだ。3Sシステムを導入すればさらに地域の活性化につながるのではないか。父も喜んで同意してくれるだろう。そう考え、父に伝えたのだが、反応は意外なものであった。
「別にいいけど、この地域の循環型農業のシステムはどうするの」
思いもよらぬ父の言葉
思いもよらぬ父の言葉にはっとした。同時に、自分の考えの浅さを痛感した。
父は残渣や山から刈り取ってきた萱を畑にすき込むとともに、地域のブランド牛、飛驒牛の糞尿から作られた堆肥も畑に投入し、循環型農業を実践している。もし、すべての農地に3Sシステムを導入したらどうなるだろう。この循環システムは崩れるどころか、発生する残渣は産業廃棄物にもなり得る。
父が大切にしてきたこと、そして、私の大好きな蔵柱を守り発展させる。そんな農業をしなければならない。この夏、私は使命感にも似た大きな夢を抱いた。
農業を取り巻く現状は厳しい。近年、夏秋トマト産地は、単価の低迷や異常気象による反収の低下などに苦しんでいる。私が課題研究で取り組んでいる3Sシステムも、この地の農業に必要不可欠である。それと同時に、これまで行ってきた循環型農業も忘れてはいけない。この2つを両立させた農業を私は行っていきたい。
3Sシステムには、品質面や手間の多さなどまだまだ課題が多くある。今後、さらに努力しこれらの課題改善のため研究をしたい。
地域の発展考える農業を
世界に目を向ければ、膨大な資金をもとに最先端技術を駆使し、利益だけを追求した農業を行っているところもある。しかし、私は地元蔵柱の農業者になる。地域の発展を真に考えた農業者になりたいと心に強く決めた。
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